sayaママってどんな人!?

わたし(sayaママ)が高校生のときに父は脳梗塞で半身不随になりました。

幸い父は会社を経営していたので、収入が途絶えるという最悪の状況は逃れましたが、

わたしは父の会社の経理を手伝うことになり経理専門学校へ、

そして20代のほとんどを自宅と父の会社の往復ばかりで過ごしました。

とくに自分のやりたいことがわからないまま、周りの環境に流されてきたわたしが、

ひそかにずっと思い続けていた「海外に住みたい!」っていう夢。

その海外へ住みたいって夢を27歳のときに同僚に打ち明け「ムリやろ~」と即答されたことが、

わたしの闘志に火をつけました😤

それから10年以上がすぎ…

長い年月はかかりましたが、行きたかった憧れのドイツに住むことができました。

・憧れのアンティーク調のお家
アンティーク調

・大型の食器洗い乾燥機と、衣類乾燥機は当たり前

・どこでも自然食品が買える当たり前

・だだっ広い芝生が敷き詰められた公園の木陰で子どもの遊ぶ姿を見ている幸せなひととき
公園2

・子どもと一緒に大人が楽しんでしまう公園
公園

・ベビーカーで立ち往生していると必ず誰かが声をかけてくれる環境

・ポーランドやチェコ、オランダなど車で海外旅行ができてしまう環境

自分が憧れていた環境をほぼ手にすることができました。

これは別に自慢したいわけではありません。

英語が大の苦手で、何の特技もなかった田舎もののわたしでも、

きちんと夢を実現化させる方法さえ知れば、

「海外に移住するという夢」が実現できたんです。

誰でも「夢を現実化させる方法」さえ知れば、

自分にはちょっとムリかもしれないと諦めかけていた夢も叶う可能性は十分あるのです。

わたしはこの夢を現実化させる方法を知ってもらうことで、諦めかけていた夢を思い出し、人生を楽しむ人が増えればいいなという氣持ちでブログを書いていきたいと思います。

だけど、今はコろナが蔓延していて、海外なんて怖いし、夢を叶えるよりも考えなければいけないことがたくさんあるし…って声が聞こえてくるかもしれません。

でも、ちょっと待ってください。

夢を叶えるってのは、別に海外に移住することだけではありません。

人によっては「新しい理想の就職先を探すこと」かもしれません。

人によっては「理想の結婚相手を探すこと」かもしれません。

人によっては「自分が本当に求めていたものに幸せを探す」ことかもしれません。

そんな自分の理想を叶える方法というのは昔から研究されていて、色々な書物からすでにわかっているのです。

このブログでは色々な本を読んだわたしが、自分の経験した夢を叶えた方法や手段を伝えていきます。

その他にも、

➀長男出産時に超絶苦しんだ経験から、二人目のときにどうしたら超安産で出産できるかを探しました。そのおかげで二人目は看護師さんと会話しつつ、陣痛から1時間の超安産で出産!その超安産の方法。

➁わたしの父はわたしが高校生のときに半身不随。その父から学んだ一生お金に困らないために若いときに準備すべきこと!

➂義母の入院から学んだ「ほとんどの日本人が知らない!人間は〇〇をとらないと必ず病気になる」余命1ヶ月と宣告された義母が復活した方法とは!?

この3つのテーマについて話していこうと思いますが、仕事と家事を両立しつつなので、はやく書いてほしいものについてはお問い合わせからリクエストください。

わたし自身は海外に移住するという夢を叶えるのに「あ~でもない。こ~でもない。」と試行錯誤しながら、10年以上かかりました。

でももし、わたしが最初から夢を叶える方法を知っていたのなら、夢が叶う時間はもっと短くなっていたでしょう。

そんな、理想の人生像があるにも関わらず、それを叶えられるということを信じられずに現状を変えようとしていないのであれば、それはとてももったいないことだと思うのです。

もし、あなたに夢があって、それを叶えたいのなら、実際に大きな夢を叶えた人に夢を叶える方法を聞くのが一番早いやり方だと思います。

周りに実際に大きな夢を叶えた人がいなければ、わたしにメールいただければ、数日後になりますがお返事させていただきます😊

毎日、仕事でガマンしたり、自分の気持ちを押し殺して相手に合わせたり、自分の本音を言えない人と付き合わなければいけないと思っていませんか?

自分自身で本当の気持ちを抑えれば抑えるほど苦しくなり、現実化しなくなり、追い込まれてくることでしょう。

それは、この世界の真実を知ることで全体像が見えてくるかもしれません。

世界の真実について、ブログでもこれから少しずつお話していきます。

sayaママの人生の重要だった分岐点やポイント

・元外交官の妻で小学生の息子2人。元外交官の妻というと英語ペラペラ、才色兼備なイメージかもしれませんが、英語が大の苦手、田舎生まれで29歳まで田舎育ちの世間知らずでした😅

・高校生のときに父が半身不随入院😰手術の怖さを身近で見、以来健康オタクになる😂

・闘病中の父の会社を手伝うことになり、20代は父の会社で仕事ばかりの毎日

・同僚に「将来海外へ移住したい!」と言った瞬間に「ムリやろ!」と返されたことで海外移住に闘志を燃やす😤

・海外へ向けてはじめて参加した英会話サークルで今の旦那さんに出会う😍

・旦那さんは全く海外には縁遠い仕事だったが、実はわたしと同じように海外へ住みたいという夢を持っていることを知り、支えるという約束のもと結婚💕

・長男出産時、看護師からは安産と言われたが、人生至上もっとも苦しんだ。その経験から次男のときは「どうすれば楽な出産ができるか」を追求し、看護師さんと会話しながら1時間で次男を出産できた

・結婚して10年が過ぎた頃、奇跡が何重にも重なり、住んでみたかったドイツへの移住が決まる

・周りからは「ほぼ可能性がないと思われていた夢のドイツに移住」が決まったことで「引き寄せの法則の使い方」自分の人生を自分でつくっていけることを体感する

・ドイツへの移住半年前に長男が川崎病を発症をしたことでさらに健康について考えはじめる

・ちょうどドイツは自然療法が盛んなところ。ドイツの病院にいったときに日本の常識、西洋医学がおかしいことに氣付く

・片言のドイツ語とケイタイの翻訳機能を駆使しながら健康ショップの常連になる

・以前、リビアに住んでいた外交官の方から、リビアはカザフィ大佐がいる頃はとても住みやすく素晴らしい所だったが、カザフィ大佐が亡くなってから治安が悪化し住めるところではなくなったという話を聞く。一般のニュースと事実は違うのかもしれないと思い始め調べる

・日本へ帰国間際、いつもピンチのときに助けてくれていた義父が難病で亡くなる

・日本へ帰国後、いつもピンチのときに助けてくれていた義母が骨折、認知症、肺がん末期1ヶ月の余命宣告

・独学で勉強した自然療法の知識をもって毎日義母の入院先に通う

・余命1ヶ月と宣告されたはずなのに1ヶ月後少しずつ元気になってきて転院

・入院先が自宅より遠くなったため、病院にいく頻度は減るが、義母は認知症で忘れていた息子のことを思い出す

・一時は長男(義母からすると孫)とオセロ勝負で引き分けになるほど回復。主治医は意味がわからないと言っていたそう。

・1週間に2,3回通って自然治療を頑張るが、病院では熱がでると解熱剤、うるさいことを言うと睡眠薬、病院に入ると回復は難しいと痛感する

・義母は大腿骨を骨折していたので、入院中歩くことを許されず、ポンプ機能であるという筋肉がなくなったためか、最後の方は肌が真っ白で血が通う力がなくなっていったことに氣付く

・余命1ヶ月と宣告されてから7ヶ月後、義母は息を引き取りましたが、最後は息子を思い出し、たわいもない話をさせてあげることができたので良かった

・以後、絶対に病院や薬に依存することなく、病気を自分で治す方法、健康で幸せに生きる方法を探求する

・わたしが高校生のとき、ある日突然、父が半身不随で全く仕事ができなくなったが、父は会社という財産を作っていたのでお金に困ることはなかった。

その経験から、自分のカラダが資本だと一生安泰することはないと悟る。もし、時間を切り売りし、自分が忙しく働いていると、カラダが動かなくなった日から無収入。

自分のカラダを資本にしない働き方を模索し始める。

・20代の頃、前世を見てくれる人に出会った。その人はわたしに「自然のもので薬を調合したりして病気を治していた」と言っていた。

そのときは、全く意味がわからなかったし、自分がそんなことができるなど微塵も思ってなくて忘れていたが、今は実際に自分で自分や家族の不調を治している😂

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