さやままってどんな人?

ドイツに住んでいた…っていうと、一歩構えられることもあるのですが、実はわたし自身は29歳まで自分が産まれた田舎で、まさに「井の中の蛙」、何も世間を知らない状態でくらしていました。

家から10~15分圏内の学校、会社に毎日通いながら、海外生活に憧れ、いつか海外で生活してみたいな~日本は平和でいいけど、退屈だな~と…

そんなある日、会社で「わたし、将来、海外に住みたいんよね!」と夢を語ったことから、人生が変わりました。

「将来、海外で生活したい」と言っているわたしの話を聞いた同僚が、即座に鼻で笑いながら「ムリやろ!」と言ったことで、わたしの闘志に火をともしました😤

「なんとしてでも行ってやる!!」

その「ムリやろ!」という同僚の一言が無ければ、まだわたしは産まれた田舎の父の会社で偉くなったと勘違いしながら退屈な日々を過ごしていたかもしれません。

「すべての物事には意味がある!」

「どうしたら英語が大の苦手な30歳目前のわたしでも、大きな問題なく海外に移住することができるだろうか?」ということを

考え抜いたあげく、思いついたことを一歩ずつ進めることで、わたしは今の主人と出会い、いつかは行ってみたいと思っていたドイツへ暮らすことができました。

一見、ムカついてしまうような言葉でも、自分を動かすエネルギーにすることもできるし、自分を自暴自棄に追い込むこともできる・・・

いくつになっても、自分の心を観察しながら、分析して、考え方を変えていく、生き方を変えていく

そうすることで未来は拓けると信じてます✨

さやままの人生の重要だった分岐点とポイント

 

・高校生のときに父が半身不随入院😰手術の怖さを身近で見、以来健康オタクになる😂
 
 

・闘病中の父の会社を手伝うことになり、20代は父の会社で仕事ばかりの毎日
 
 

・同僚に「将来海外へ移住したい!」と言った瞬間に「ムリやろ!」と返されたことで海外移住に闘志を燃やす😤
 
 

・海外へ向けてはじめて参加した英会話サークルで今の旦那に出会う😍
 
 

・旦那は全く海外には縁遠い仕事だったが、実はわたしと同じように海外へ住みたいという夢を持っていることを知り、支えるという約束のもと結婚💕
 
 

・長男出産時、看護師からは安産と言われたが、人生至上もっとも苦しんだ。その経験から次男のときは「どうすれば楽な出産ができるか」を追求し、看護師さんと会話しながら1時間で次男を出産できた
 
 

・結婚して10年が過ぎた頃、奇跡が何重にも重なり、住んでみたかったドイツへ外コー官として移住が決まる
 
 

・周りからは「ほぼ可能性がないと思われていた夢のドイツに移住」が決まったことで「自分が想像した世界」を自分でつくっていけることを体感する
 
 

・ドイツへの移住半年前に長男が川崎病を発症をしたことでさらに健康について考えはじめる
 
 

・ちょうどドイツは自然療法が盛んなところ。ドイツの病院にいったときに日本の常識、西洋医学がおかしいことに氣付く
 
 

・片言のドイツ語とケイタイの翻訳機能を駆使しながら健康ショップの常連になる🤭
 
 

・以前、リビアに住んでいた外交官の方から、リビアはカザフィ大佐がいる頃はとても住みやすく素晴らしい所だったが、カザフィ大佐が亡くなってから治安が悪化し住めるところではなくなったという話を聞く。一般のニュースと事実は違うのかもしれないと思い始め調べる
 
 

・日本へ帰国間際、いつもピンチのときに助けてくれていた義父が難病で亡くなる
 
 

・日本へ帰国後、いつもピンチのときに助けてくれていた義母が骨折、認知症、肺がん末期1ヶ月の余命宣告
 
 

・独学で勉強した自然療法の知識をもって毎日義母の入院先に通う
 
 

・余命1ヶ月と宣告されたはずなのに1ヶ月後少しずつ元気になってきて転院
 
 

・入院先が自宅より遠くなったため、病院にいく頻度は減るが、義母は認知症で忘れていた息子のことを思い出す
 
 

・一時は長男(義母からすると孫)とオセロ勝負で引き分けになるほど回復。主治医は意味がわからないと言っていたそう。
 
 

・1週間に2,3回通って自然治療を頑張るが、病院では熱がでると解熱剤、うるさいことを言うと睡眠薬、病院に入ると回復は難しいと痛感する
 
 

・義母は大腿骨を骨折していたので、入院中歩くことを許されず、ポンプ機能であるという筋肉がなくなったためか、最後の方は肌が真っ白で血が通う力がなくなっていったことに氣付く
 
 

・余命1ヶ月と宣告されてから7ヶ月後、義母は息を引き取りましたが、最後は息子を思い出し、たわいもない話をさせてあげることができたので良かった
 
 

・以後、絶対に病院や薬に依存することなく、病気を自分で治す方法、健康で幸せに生きる方法を探求する
 
 

・わたしが高校生のとき、ある日突然、父が半身不随で全く仕事ができなくなったが、父は会社という財産を作っていたのでお金に困ることはなかった。
 
 

その経験から、自分のカラダが資本だと一生安泰することはないと悟る。もし、時間を切り売りし、自分が忙しく働いていると、カラダが動かなくなった日から無収入。
 
 

自分のカラダを資本にしない働き方を模索し始める。
 
 

・20代の頃、前世を見てくれる人に出会った。その人はわたしに「自然のもので薬を調合したりして病気を治していた」と言っていた。
 
 

そのときは、全く意味がわからなかったし、自分がそんなことができるなど微塵も思ってなくて忘れていたが、今は実際に自分で自分や家族の不調を治している😂
 
 

・旦那が公務員をやめ、自分の思い描いていたコロ対策、ウクの嘘を見破っている会社に転職
 
 

・畑の耕作を放置して草を生やしてしまうと税金が何倍かになるとの事!ならば、無料で畑を管理したら、助かる地主さんもきっといる!!と思って、家の近所を探し歩いて無料で貸して頂ける畑を借りて自然農法
楽しみ中♪
 
 

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